岡山地方裁判所津山支部 昭和50年(ワ)108号 判決 1980年4月01日
原告
高谷清
被告
田尻保
ほか二名
主文
1 被告船曳定雄、同医療法人三水会は、原告に対し、各自金七八四万二七九三円及び内金七二六万二七九三円に対する昭和五〇年一〇月二一日(ただし被告医療法人三水会においては昭和五二年九月七日)から、支払ずみまで年五分の割合による金員を、
被告船曳定雄は、原告に対し、単独で、金五五万五八二一円及びうち金五〇万五八二一円に対する昭和四八年八月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、
それぞれ支払え。
2 原告の被告田尻保に対する請求及び被告船曳定雄、同医療法人三水会に対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用中、原告と被告田尻保との間に生じた分は原告の負担とし、原告と被告船曳定雄、同医療法人三水会との間に生じた分は、これを三分し、その二を原告の、その余を右被告両名の負担とする。
4 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告船曳定雄は原告に対し、金一六二万円及び内金一五〇万円に対する昭和四八年八月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは原告に対し、各自金三九九六万円及び内金三七〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日(被告船曳及び同田尻保においては昭和五〇年一〇月二一日、被告医療法人三水会においては昭和五二年九月七日)からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 被告ら
1 原告の請求はいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生
被告船曳は、昭和四四年五月六日午後一〇時五〇分ころ、普通乗用自動車(岡五の二〇六一号、以下加害車という。)を運転して岡山県英田郡作東町川北七四番地先国道一七九号線を進行中、同一方向に減速進行中であつた訴外鳥越襄司運転の自動車(岡五は六三六七号、以下被害車という。)に、右加害車を衝突させ、その結果被害車助手席に同乗していた原告に対し頸部むち打ち症の傷害を負わせた。
2 診療事故の発生
(一) 原告は、前記交通事故による傷害につき、被告船曳の要請により、昭和四四年五月六日被告田尻の往診を受け、ついで同月八日から被告医療法人三水会(以下被告三水会という。)経営の田尻病院に入院して治療を受けていたが、昭和四四年九月八日医師訴外田尻昌三郎(以下訴外昌三郎という。)が原告の頸部に電気ノイロメーターの針尖を刺入して治療中、右針が折れて原告の頸部内に約一七ミリメートル残つたままとなつた。
(二) そこで、原告は、昭和四八年二月二八日まで前記田尻病院などに入・通院して右針の摘出手術などの治療を受けたが、摘出に成功せず、前同日次の後遺症を残して症状が固定した。すなわち、原告の頸椎に異常石灰化像、小骨棘があり、圧痛が強く残存し、また残存針とその周辺にまいている肉及び針尖を取出すため頸部を切開したことにより生じた左脊部頸筋の萎縮と頸部左側の手術創に生じている腫張硬結があり、その圧痛も強いものである。そのため、原告の頸の運動は制限され、頸部に頑固な神経症状を残している。
3 被告らの責任原因
被告らは、以下の理由により、本件診療事故発生前の本件交通事故による損害については被告船曳単独で、右診療事故発生以後の損害については、交通事故と診療事故とが競合して発生したものであるから、共同不法行為者として連帯して、それぞれ原告の損害を賠償する責任がある。
(一) 被告船曳は、加害車を業務に使用し(往診の帰途であつた)自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。
(二) 被告田尻は、被告三水会の理事であり、かつ同会経営の田尻病院の院長であるところ、電気ノイロメーターに使用される針は平均三〇〇回の使用が許容限度とされており、また通電による電気分解などにより折損することも予想されるものであるから、前記地位にある被告田尻としては、あらかじめ一本一本の針について何回使用したか判明するよう保管すべき注意義務を負うとともに、同病院に勤務する訴外昌三郎に対し瑕疵のある針を使用しないよう指示監督すべき注意義務があつたのにこれを怠つた過失により本件診療事故を発生させたのであるから民法七〇九条による責任。
(三) 被告三水会は、昭和四三年九月から同四六年九月まで訴外昌三郎を医師として使用していた者であるところ、およそ医師が電気ノイロメーターを使用して頸部の治療を行なうに際しては、使用限度に達した針や電気分解の激しいような針自体に瑕疵がないかどうかを十分確認するのは無論のこと、これを患者の身体に穿刺する際には、針に与える力の程度、方向などを誤ることなく深甚な注意の下に操作し、もつて患者の身体内に針を折損させて残存させることのないよう針の刺入、通電及び抜き取りをすべき注意義務があるのに、治療に当つた医師訴外昌三郎はこれを怠り、使用限度に近いかあるいはそれを越えている針か否かを確認せず、使用限度に近いかあるいはそれを越えている針を使用したかもしくは針の刺入、抜き取りに際し処置を誤つた過失によつて本件診療事故を発生させたのであるから民法七一五条一項による責任。さらに右事故は、同被告の理事たる被告田尻が職務を執行するにつき発生させた損害であるから民法四四条による責任。
4 損害
(一) 本件交通事故から本件診療事故の日の前日まで(昭和四四年五月六日から同年九月七日まで)の損害
(1) 得べかりし利益の喪失
原告は、立木及び山林の売買もしくはその仲介をなすことを業とし、本件交通事故により入院するまでの直前一年間の収入は、金九三〇万円以上であつたので、その経費を三割として差引き、金六五一万円が右一年間の純利益である。
したがつて、原告は右交通事故により昭和四四年五月六日から休業を余儀なくされ、同年九月七日までの一二五日間に金二二二万九五〇〇円の損害を蒙つた。
ただし、内金一一〇万円を請求する。
(2) 慰藉料
原告は本件交通事故により前記一二五日間入院したが、その間の慰藉料としては金六〇万円が相当である。
ただし、内金四〇万円を請求する。
(二) 本件診療事故以降の損害
(1) 得べかりし利益の喪失
原告は本件診療事故以降左記のとおり治療し、昭和四八年二月二八日症状が固定し、九級の後遺症があるものと認定された。
<1> 田尻病院 昭和四四年九月八日から同四六年三月二七日まで及び同四七年七月五日から同年八月七日まで(ただし後記他の病院への入院期間を除く。)入院、同四六年三月二八日から同四七年六月一八日まで及び同年八月八日から同四八年二月二八日まで通院
<2> 落合病院 同四四年九月一〇日から同月一一日まで入院
<3> 岡本整形外科医院 同四四年一〇月二三日から同月二四日まで及び同年一一月六日から同月九日まで入院、同年一〇月六日から同年一一月一四日まで通院
<4> 岡山済生会総合病院 同四五年三月一日から同月一一日まで入院
<5> 国立岡山病院 同四七年六月一九日から同年七月五日まで入院、同四五年一月一二日から同四八年二月二八日まで通院
(イ) 休業損害
原告は、本件診療事故以降昭和四八年二月二七日までの三年一七三日間休業を余儀なくされたので前記のとおり六五一万円の年間純収益を基準にして算出すると、その間の休業による損害は二二六一万五六二八円となる。
(ロ) 後遺症による逸失利益
原告は昭和八年七月三日生の男性であるから、昭和四八年二月二八日の時点でその後二八年間は稼働可能であり、そのホフマン式係数は一七・二二一であるところ、前記後遺症により労働能力を三五パーセント喪失し、今後とも回復の見込みは全くないから、原告の逸失利益の総額は、次のとおり金三九二三万八〇四八円と算定される。
651万円×0.35×17.221=3923万8045円(端数切捨)
ただし、右(イ)、(ロ)の合計額の内金三一〇〇万円を請求する。
(2) 慰藉料
原告は本件診療事故以降前記のとおり入院して手術を受け、なお九級の後遺症があるから、これらの慰藉料は八四〇万円が相当である。
ただし、内金六〇〇万円を請求する。
(三) 弁護士費用
原告は、本訴追行を原告代理人に委任し、判決認容額の八パーセントを成功報酬として支払う旨約したから、原告において現実に請求する金額に基づいて計算すると被告船曳のみに対する弁護士費用は一二万円、被告らに対する弁護士費用は二九六万円となる。
5 結論
よつて、原告は、(一)被告船曳に対し、本件交通事故から本件診療事故の日の前日までの前記損害金の一部として一六二万円及び右金員のうち弁護士費用を除いた一五〇万円に対する昭和四八年八月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、(二)被告らに対し、各自、本件診療事故以降の前記損害金の一部として金三九九六万円及び右金員のうち弁護士費用を除いた三七〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日(被告船曳及び被告田尻においては昭和五〇年一〇月二一日、被告三水会においては昭和五二年九月七日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告船曳
(一) 請求原因1、2の(一)、(二)の事実は認める。
(二) 同3の(一)の事実のうち、本件診療事故以降の責任については争い、その余は認める。
原告は、本件交通事故と本件診療事故をもつて被告らの共同不法行為であると主張しているが、右両事故は共同不法行為における主観的、客観的要素を欠くうえ、そもそも右診療事故以降の損害は本件自動車事故との間に因果関係がない。
(三) 同4の事実は争う。
2 被告田尻、同三水会
(一) 請求原因1の事実は不知。
(二) 同2の(一)の事実は認め(但し、残存した針の長さは約一五ミリメートルである。)、同(二)の事実は否認する。
(三) 同3の事実のうち、被告田尻が被告三水会の理事であるとともに田尻病院の院長であること、被告三水会が訴外昌三郎を医師として使用していたことは認め、その余は争う。
(四) 同4の(二)の事実は争い、同(三)の事実は知らない。
三 被告田尻、同三水会らの抗弁
仮に被告田尻あるいは訴外昌三郎に本件診療事故に関し過失が認められるとしても、原告は被告三水会に対して本件診療事故から約八年経過した昭和五二年九月一日に至つて始めて訴を提起したものであるから、右期間の経過により被告田尻あるいは訴外昌三郎の不法行為責任は時効により消滅しており、被告三水会においてこれを自己に有利に援用する。
四 抗弁に対する認否
期間の経過については認め、その余は争う。
五 再抗弁
被告三水会及び訴外昌三郎は、被告三水会の理事兼訴外昌三郎の代理人である被告田尻を通じて、昭和五〇年二月二〇日原告に対し、本件診療事故から生じた医療関係費は被告田尻において支払うことを約束したうえ、原告と話し合いたいなど述べて、そのころ両者とも時効の利益を放棄した。
六 再抗弁に対する被告三水会の認否
否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 交通事故について
請求原因1記載のような交通事故が発生したこと及び被告船曳が加害車を自己のために運行の用に供していたことは原告と被告船曳との間では争いがない。従つて、被告船曳は損害の範囲の点は別として右事故に基づく損害を賠償すべき責任がある。
二 診療事故について
1 事故の経緯
原告が昭和四四年五月六日から被告田尻の往診を受け、同月八日から被告三水会経営の田尻病院に入院し、治療を受けていたこと、同年九月八日同病院勤務の医師訴外昌三郎が原告の頸椎部にノイロメーターの針を刺入して治療中、右針が折損し、長さ約一七ミリメートルの先端部分が原告の頸部内に残つたことは当事者間に争いがない(但し折損残留した針の長さについては被告田尻、同三水会は一五ミリメートルである旨主張するが、鑑定の結果から約一七ミリメートルであることを認める)。
当事者間に争いのない右事実と被告田尻、同三水会との間においては成立につき争いがなく、被告船曳との間においては被告田尻保本人尋問の結果から真正に成立したものと認められる甲第三号証、いずれも成立に争いのない乙第一号証の一ないし五、第二号証、第三号証の一ないし四、第四号証の一、二、証人田尻昌三郎の証言、原告(第一、第二回)、被告田尻保各本人尋問及び鑑定の各結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 原告は、昭和四四年五月八日から被告三水会の経営する田尻病院に入院し、頭痛、項部痛、肩痛などを主訴していた。同病院の院長である被告田尻は、息子の医師訴外昌三郎とともに原告の診療に当り、原告の右症状をむち打ち損傷によるものと診断して同年五月三〇日から電気ノイロメーターによる治療を実施していた。右診療は主に被告田尻が担当していたが、診療に関して同被告から訴外昌三郎に対する特段の指示はなく、それぞれ独立した立場から医師としての診療がなされていた。なお、田尻病院では昭和四四年以前から、むち打ち損傷に対し電気ノイロメーターによる治療方法を採用していた。
(二) 訴外昌三郎は、昭和四四年九月八日原告に対し、電気ノイロメーターによる治療を実施するため、その頸部に昭和針管を用いて硬銀B針(ステンレス製八番)を打ち込み、通電した後、右針を抜いたが、右針の長さがやや短かつたことから、ただちに被告田尻と相談したうえで原告の頸部のレントゲン検査を行なつたところ、第二頸椎の左側に約一七ミリメートルの針が折損して残存していることが判明した。右針の折損の原因について、治療に当つた訴外昌三郎は、頸部から針を抜くとき、通電による筋委縮のため筋肉が針を締め付ける形となつて、電気分解により折損しやすくなつていた針が折れたものと推測している。なお、右治療に使用された針は新品ではなく、既に他の人の治療に使用されたものであつた。
(三) 電気ノイロメーターは、針を治療部位に刺入したうえで約一二ボルト、二〇〇マイクロアンペアで七秒間の直流電流を通電して刺激を与え、自律神経の調整をはかるものである。針は使用によつて電気分解による腐触あるいは針尖の摩耗をおこし、まれに折損することがあると報告され、また実験的には約三〇〇回が使用限度とされ、折損を防止するため針の使用に先立ち、針尖、針自体についての検査が必要とされている。針の検査方法としては針の酸化を視覚的に発見するのが難かしいので、「曲げ試験」すなわち針先に指をかけてわん曲状に曲げてひずみを生じるか、復元能力があるかを見て確認することになる。
(四) 昭和四四年九月当時、田尻病院においてはノイロメーター及び針は診察室に置かれており、針は一包み五〇本入りの包みに入つたままとなつていた。針の保管に際し、使用回数を記録する処置はなされておらず、通常二本の昭和針管にそれぞれ針をつけたまま置かれており、診療に当たる医師が針を検査して適宜新品と交換していた。
以上のとおり認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 医師訴外昌三郎の過失
前記認定の(一)ないし(四)の事実関係のもとに考察すると、およそ医師がノイロメーターによる治療のため針を患者の頸部に刺入するような場合においては、針が電気分解や摩耗等により折損することが予想されるから、まず使用に先立ち、針自体に瑕疵がないかどうかを「曲げ試験」等で十分に確認したうえで使用し、また刺入、抜去時においても折損することのないよう針に与える力の程度、方向等に細心の注意を払つて適切な措置をなし、もつて刺入中の針が折損するような事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。
そして本件診療事故のように針が折損して原告の頸部内に残存しているような場合においては、右医師側において予見できないような原告の特異体質など不可抗力にあたるような特別の事情を立証しない限り、医師訴外昌三郎において医療行為に際し、前記注意義務のいずれかに反した過失があつたものと推認するのが相当である。もつとも同人自身の述べるところによつても折損の原因として針が電気分解により折れやすい状態であつたことに加えて、原告の筋委縮が強かつたことによるものと推測しているから、針の使用に先立ち、針自体の瑕疵を十分確認しなかつた過失があるものと認められる。
3 被告田尻の責任
原告は、被告三水会の理事及び田尻病院の院長たる被告田尻には、同病院の医療従事者が瑕疵のある針を使用するのを防ぐため、針の使用回数が判明するよう保管すべきであるとともに、訴外昌三郎も含む全従業員に瑕疵のある針を使用させないよう指示、監督すべき注意義務がある旨主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、針の損耗の度合は使用回数によつて機械的に決まるものではなく、個々の針ごとに異なるから、治療にあたる医師がそれぞれの針について使用に先立ち「曲げ試験」等を実施することによつて検査すべきであり、かつそれで足りるものであつて、それ以上に、院長あるいは理事が使用回数までわかるようにして保管すべき法的義務はないものと解する。
また、訴外昌三郎は医師としての自己の判断に基き、本件診療にあたつていたことは前記認定のとおりであるから、院長あるいは理事が医療行為のような高度に専問的でかつ裁量の余地の広い行為について、担当医師を指示、監督する義務もないものといわねばならない。
従つて、被告田尻については本件診療事故につき責任はない。
4 被告三水会の責任
同被告が昭和四三年九月から昭和四六年九月まで訴外昌三郎を医師として使用していたことは当事者間に争いがなく、同被告の事業の執行としてなされた本件診療行為につき訴外昌三郎に過失があることは前記認定のとおりであるから、同被告は本件診療事故に基づく損害を賠償すべき責任がある。
ところで、被告三水会は訴外昌三郎の不法行為責任は時効により消滅しており、同被告においてこれを有利に援用する旨主張するので、以下検討するに、そもそも使用者に対する損害賠償請求権の時効と被用者に対する損害賠償請求権の時効とは各別に進行するものと解されるが、右両請求権相互の関係は、共同不法行為として不真正連帯債務の関係にあり、この場合時効の完成の絶対的効力を定めた民法四三九条の適用はなく、共同不法行為者中一部の者の債務につき消滅時効が完成しても、他の者の債務には影響がないものとするのが相当であるから、被告三水会において訴外昌三郎の時効の利益を援用することはできず、右主張自体失当といわねばならない。
三 本件交通事故と本件診療事故との関係について
1 前掲甲第三号証、いずれも成立(乙第五号証の一ないし六については原本の存在とも)に争いのない甲第四、第五、第七号証、第九ないし第二〇号証、第三〇号証、第三二号証の一、二、乙第五号証の一ないし六、第六号証、証人田尻昌三郎、同奥村修三の各証言、原告(第一、第二回)、被告田尻保各本人尋問及び鑑定の各結果によると、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 原告の本件交通事故受傷直後の症状は頭痛、頸部痛、嘔吐と両腕のシビレ感であり、約一週間後から頭重感、頸部痛、嘔気、食思不振、眼の充血感、蔭萎を主訴し、軽快・増悪を繰り返しながら本件診療事故当日まで継続しており、この自覚症状は、一般に外傷性頭頸部症候群(いわゆるむち打ち損傷)にみられる自律神経症状とみられる。また他覚的所見として自律神経刺激症状、神経根症状、腱反射亢進状態(脳圧亢進か、あるいは頸椎部の外傷に伴う軽い脊髄症状)がうかがえた。
(二) 原告は本件診療事故以降昭和四八年二月二八日まで次のとおり治療を受けた。
(イ) 田尻病院
昭和四四年九月八日から同四六年三月二七日まで及び同四七年七月五日から同四七年八月七日まで(ただし後記他の病院への入院期間を除く。)入院。
昭和四六年三月二八日から同四七年六月一八日まで及び同四七年八月八日から同四八年二月二八日まで通院。
むち打ち損傷及び残存針についての治療を受けた。
(ロ) 落合病院
昭和四四年九月一〇日から同四四年九月一一日まで入院。
残存針についての摘出手術を受けたが、摘出不能であつた。
(ハ) 岡本整形外科医院
昭和四四年一〇月二三日から同四四年一〇月二四日まで及び同四四年一一月六日から同四四年一一月九日まで入院。
昭和四四年一〇月六日から同四四年一一月一四日まで通院。
残存針についての摘出手術を受けたが、摘出不能であつた。
(ニ) 岡山済生会総合病院
昭和四五年三月一日から同月一一日まで入院。
残存針についての摘出手術を受けたが、摘出不能であつた。
(ホ) 国立岡山病院
昭和四七年六月一九日から同年七月五日まで入院。
残存針の摘出手術による頸部の瘢痕切除手術を受けた。
昭和四五年一月一二日から同四七年六月一八日まで及び同四七年七月六日から同四八年二月二八日まで通院。
むち打ち損傷及び残存針についての治療を受けた。
その間も頭痛、頸痛、左手のシビレ感、嘔気等の自覚症状が継続したが、ノイロメーター針の残存による直接的な影響は、針の穿入部位や穿入組織によつては若干の刺激性疼痛あるいは神経症状の発症がありうるにしても、本件の場合ほとんど問題とならず、むしろ折針残留さらには摘出手術不成功による心理的因子が加わり前記自律神経症状が慢性化ないし増悪したものと考えられる。さらに頸部に筋萎縮が生じているが、これは本件外傷のほか針の摘出手術が影響しているとみられる。
(三) 原告の症状は昭和四八年二月二八日次の後遺症を残して固定した。
すなわち、外傷に伴う頸椎脊髄椎症としての神経根症状、軽い脊髄症状及び前記自律神経症状、さらに筋萎縮による頸部の運動制限と筋力低下が固定し、これらは自賠法施行令別表の後遺症障害別等級の一二級にいう「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する。
2 ところで、本件のように自動車事故とその後の治療経過中に生じた医療過誤とが競合して損害が生じたような場合には、本件自動車事故がなければ、本件診療事故も生じなかつたはずであるから、原則として加害者全員が共同して被害者の全損害を賠償すべき義務を負い、加害者において共同不法行為への寄与部分を明確に立証した場合にのみ、寄与部分に応じた範囲での賠償義務を負担すると解すべきところ、本件ではいまだ右寄与部分について明確な立証がなされたとは認められないので、前記診療事故後の後記各損害については、被告船曳、同三水会が共同して賠償義務を負担することになる。
四 損害
1 本件交通事故前の収入について
原告は、本件交通事故前一年間の収入は金九三〇万円以上であり、その経費三割を差引いても年間六五一万円の収入があつた旨主張する。なる程、証人筏の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、証人柳井正道の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第二号証、いずれも原告本人尋問(第一、第二回)の結果から真正に成立したものと認められる甲第二二、第二三号証、第二四号証の一、二、第二五ないし第二九号証(甲二四号証の一、二の各官署作成部分については、被告田尻、同三水会との間では成立に争いがない)、登記官作成部分については争いがなく、その余の部分については原告本人尋問(第二回)の結果から真正に成立したものと認められる甲第三三、第三四号証、証人筏繁太、同柳井正道の各証言、原告本人尋問(第一、第二回)の結果には右主張に合致する記載や供述をうかがうことができる。
しかしながら、他方前掲各証拠及び成立に争いのない丙第一号証によれば、甲第一、第二号証は本件自動車事故の四、五年後に本件損害賠償請求が問題となつてのち、原告の依頼によつて作成されたものであり、またこれを裏付ける帳簿書類等が一切提出されていないことから直ちに措信できず、また昭和四三年度平均年齢別給与額は原告と同年齢の三五歳男子で月額七万六八〇〇円にすぎないこと及び原告においても(第一回)同業者の月収は約二〇万円であることを自認していることからみて、原告の右収入はきわめて高額であること、しかも税金等の申告は原告、取引の相手方である中国林業においても全くなされていないこと、もともと原告のような不動産仲介そのものが毎年変動が激しく予測できないことを総合して考えると、事故前の収入に関する原告の右主張は採用しがたい。そこで本件においては、労働省発表の男子一般労働者の年齢別平均賃金(「賃金センサス」全国性別・年齢階級別・年次別平均給与額表)によることとする。
これによれば、原告の収入は次のとおりである。
昭和四四年 三六歳 一〇三万九〇〇〇円
同四五年 三七歳 一二二万七四〇〇円
同四六年 三八歳 一三九万一三〇〇円
同四七年 三九歳 一五八万七二〇〇円
同四八年 四〇歳 二〇〇万八二〇〇円
同四九年 四一歳 二四九万九八〇〇円
同五〇年 四二歳 二八八万七三〇〇円
同五一年 四三歳 三一三万五八〇〇円
2 休業損害による逸失利益
前認定のとおり、原告は本件交通事故発生の日である昭和四四年五月六日から症状固定の日の前日である昭和四八年二月二七日まで継続して治療を受けており、この事実と原告本人尋問(第一回)の結果を併せ考えると、原告は右治療期間休業を余儀なくされたことが認められる。
(一) 本件交通事故発生の日から本件診療事故の日の前日まで一二五日間の休業損害(被告船曳単独負担)
昭和四四年の基礎となる年間収入は一〇三万九〇〇〇円であるから、別紙損害計算表<1>のとおり、三五万五八二一円となる。
(二) 本件診療事故発生の日から昭和四八年二月二七日まで三年一七三日間の休業損害(被告船曳、同三水会共同負担)
前認定の昭和四四年から同四八年までの収入額を基礎に計算すると、別紙損害計算表<2>のとおり、四八五万二三六七円となる。
3 後遺障害による逸失利益(被告船曳、同三水会共同負担)
前認定の原告の後遺障害の内容及び程度に、原告の職務内容などを併せ考えると、原告は症状固定の日である昭和四八年二月二八日から三年間にわたつて労働能力の一四パーセントを喪失したものと認めるのが相当であるところ、前認定の昭和四八年から昭和五一年までの収入額を基礎に計算すると、別紙損害計算表<3>のとおり一〇六万〇四二六円となる。
4 慰藉料
前認定の原告の受傷内容、治療経過、後遺障害の内容及び程度、針が現在も残留していること、その他本件に顕われた諸般の事情を考慮すると、本件各事故によつて原告が受けた精神的苦痛を慰藉するためには次の金額をもつて相当と認める。
(一) 被告船曳単独負担分 一五万円
(二) 被告船曳、同三水会共同負担分 一三五万円
5 まとめ
以上によると被告船曳、同三水会が負担すべき損害賠償額は次のとおりとなる。
(一) 被告船曳単独負担分 五〇万五八二一円
(二) 被告船曳、同三水会共同負担分 七二六万二七九三円
五 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過・認容額等に照らすと、本件訴訟追行に必要な弁護士費用は左記金額をもつて相当と認める。
1 被告船曳単独負担分 五万円
2 被告船曳、同三水会共同負担分 五八万円
六 結論
よつて、被告船曳、同三水会は、原告に対し、各自金七八四万二七九三円及びうち金七二六万二七九三円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五〇年一〇月二一日(ただし被告三水会においては昭和五二年九月七日)から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、被告船曳は、原告に対し、金五五万五八二一円及びうち金五〇万五八二一円に対する本件自動車事故による不法行為の後である昭和四八年八月一日から支払済まで前同割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 梶田英雄 小川國男 小島浩)
別紙 損害計算表
<1> 103万9000円×125日間/365=35万5821円 (円未満切捨て)
<2> 昭和44年分 103万9000円×115日間/365=32万7356円(同)
昭和45年分 122万7400円
昭和46年分 139万1300円
昭和47年分 158万7200円
昭和48年分 200万8200円×58日間/365=31万9111円(同)
合計 485万2367円
<3> 昭和48年分 200万8200円×307日間/365×0.14=23万6472円(同)
昭和49年分 249万9800円×0.14=34万9972円
昭和50年分 288万9300円×0.14=40万4222円
昭和51年分 313万5800円×58日間/365×0.14=6万9760円(同)
合計 106万0426円
以上